宮本は武蔵野美術大学大学院を修了後、1999年から2003年までバンコクやパリで生活しながら、詩的テクストを刷り込んだエッチング作品や、鉄やブロンズの鋳造彫刻、果実やガラスを用いたパフォーマンス、鏡面分割した写真作品など、様々なメディアや素材を駆使しつつ、一貫して自己/他者の境界領域から生じるアイデンティティーの揺らぎを表現し続けています。
近年では二重国籍を持つ少年少女のポートレート写真『anonymous』(INAX GALLERY2/2005)や、イチジクを2つ組みで吊り下げ腐敗の過程を提示するインスタレーション『Lull』(LA GALERIE DES NAKAMURA/2005)を発表。一卵性双生児として生まれたことに起因する宮本自身の特異なオブセッションを、美しくも不穏な気配を孕んだ寓話的手法で作品化しています。「もう一人の私、もう一つの生活、もう一つの生」を現実に生きるアーティストが、この喪失感に充ちた世界に向けて「私は何者か?を物語る」とき、他者との乖離や融合への希求は、身体的・直接的なリアリティーを伴って立ち顕われてきます。
本展『宮本武典 Roots and Route』は、アーティスト自身の提唱により、国分寺界隈の3つのギャラリーを結び、宮本の多岐にわたる表現スタイルを俯瞰的に紹介する機会となります。パリ地下鉄で撮影された移民地区に暮らす人々のポートレート、シルクスクリーンを併用したペインティングの新シリーズの他、松明堂ギャラリーでは人々の訪れとともに無限に増幅する参加型インスタレーションを制作いたします。
テキスト(インスタレーション"Roots and Route"のために)
ミャンマーとの国境にほど近い、タイ北部の小さな街に、山岳少数民族の学校施設がある。ここで学ぶ子どもたちは、幼いうちから国境山岳帯に点在する部族の村を離れ、学校の敷地内で共同生活をしているという。グランドの隅には可愛らしい畑や、水田や、鳥小屋、魚の養殖槽があり、学校はそこからのささやかな収穫と、アメリカのプロテスタント系慈善団体からの寄付金によってぎりぎりの運営を維持していた。
まだ年若い校長の話してくれたところでは、子どもたちはみな経済的・文化的に疲弊した村の出身で、親たちの多くが生活苦から麻薬がらみの犯罪で刑務所に服役していたり、蔓延するエイズで既に亡くなっているという。膝元にまとわりついてくる彼らの無邪気な笑顔からは想像もつかないことだが、子どもたちはここでの暮らしの中で、エイズによる幼い友の死さえ、幾度も経験しているのだ。
敷地の一角に、手元から離れていく娘の為に、寡黙な父親たちが手ずから建てた女子寮があった。リノリウムの床に錆ついた2段ベットが並べられていて、必要最低限の衣類以外はなにもない簡素なモルタルの小屋だ。ただし少女たちの枕元には、故郷の村や寮を出て都会で働く兄や姉たちからの便りが奇麗にレイアウトされていて、それだけが灰色の部屋にわずかな色彩を加えている。
手紙やハガキに混じって、10cm四方ほどの包装紙に、丹念に描写された抱擁する男女のイラストを見つけた。きっと誰かが手に入れた映画の宣伝ビラをトレースしたのだろう、愚直な愛の図像は、すべての少女のベットにまったく同じようにコピーされ、きっちりと貼りつけられているのだった。
僕はうだるような熱気のこもった室内で、首筋からだくだくと溢れ出す汗を拭きながら、きどった男と、目を閉じたまま抱かれているブロンド女の接吻が、何枚も、何枚も、一つの枕元に一枚ずつ、蝶のように舞っているのを見ていた・・・その時の胸の震えを、今でも忘れることが出来ない。
少女たちが、互いの寄る辺なさを分かち合おうと、ベットの上で一心にトレースするとき、たどたどしい線が、国家や、皮膚の肌理や、聖俗をこえて、惑う星に暮らす僕たちの孤独を、ゆるやかに結びつけていくみたいだった。
ひょろひょろした灌木が、乾いた山々を黄緑色に染め、頂上へと続く血のような赤土の小道を、駆け上がっていく裸足の子どもら。国境や国籍といった透明な権力の作用によって、生まれながらの流浪者である少数山岳民族の子どもらにも、等しく分配された同時代の渇望と痛みがある。
都市生活者である僕も、あの少女らも、この時代を漂泊してする者はみな、同じ孤独な軌道をさまよってる。僕らはその軌跡をそれぞれ指で、爪で、必死でなぞって互いを互いに引きよせていく以外に、己を慰める術を知らないのだ。
宮本武典
■宮本武典 MIKYAMOTO,Takenori
1974年 奈良県奈良市生まれ
1999年 武蔵野美術大学大学院造形研究科絵画専攻修了
1999-2003年 海外子女教育振興財団のプログラムによりバンコク日本人学校に勤務
2003-2004年 武蔵野美術大学パリ賞奨学金受賞により渡仏
現 在 東北芸術工科大学美術館大学構想室で専任学芸員として勤務 山形市在住
[主な個展]
1996年 『黒い丘を巡って』Egg Gallery (東京)
1997年 『裸形の果実』ガレリアラセン (東京)
1999年 『らっか』なびす画廊 (東京)
『肌理景』Egg Gallery (東京)
2000年 『模型世界』松明堂ギャラリー(東京)
2001年 『Blue Spiral』Numthong Gallery (バンコク)
2002年 『antipodes』ガレリアラセン(東京)
『anonymous』国際交流基金バンコク日本文化センター(バンコク)
2004年 『Lull』LA GALERIE DES NAKAMURA(東京)
2005年 『私とわたしの万華鏡』INAX GALLERY 2(東京)
2006年 『Roots and Route』松明堂ギャラリー/switch-point/カフェバーRoof(東京)
[主なグループ展・その他]
1995年 『第15回神奈川県美術展』神奈川県民ホール(神奈川)
1998年 『対話する器』ギャラリー那由他(神奈川)
1999年 舞踏公演(演出)『ワレラノアイビキノ場所』土方巽記念アスベスト館(東京)
1999年 舞踏公演(出演)『あやめ』新国立劇場オペラ劇場(東京)
2003年 『宮本史典:双頭のアダム+宮本武典:Bangkok1999-2003』ガレリアラセン(東京)
[受賞]
1995年 第15回神奈川県美術展平面部門・特別奨励賞受賞
1999年 武蔵野美術大学大学院修了制作・研究室賞受賞
2002年 武蔵野美術大学パリ賞奨学金受賞
[主な参考文献]
1998年 蔵屋美香/東京国立近代美術館研究員『宮本武典展-らっか-展評』「美術手帖」11月号
2003年 平野千枝子/東京都現代美術館学芸員『二人展-宮本史典+宮本武典-展評』「美術手帖」10月号
[キュレーションを担当した主な展覧会]
2005年 『I'm here.「アートを生きる、アートで生きる5つの空間」』せんだいメディアテーク(仙台)
2005年 『宮本隆司写真展-箱の時間-』東北芸術工科大学ギャラリー(山形)
2005年 『BADED BLUE 東北芸術工科大学の28作家展』鶴岡アートフォーラム(鶴岡)
2005年 『富田俊明展-あなたといる喜び-』東北芸術工科大学スタジオ144(山形)
2006年 『松本哲男-鼓動する大地-(仮題)』東北芸術工科大学ギャラリー/京都造形芸術大学ギャラリー
[コーディネートを担当した主なイベント]
2005年 シンポジウム『ことばの柱をたてる-美術館大学ことはじめ-』東北芸術工科大学こども劇場
招聘パネリスト:酒井忠康氏+藤森照信氏+芳賀徹氏
2005年 『TUAD アーティスト・イン・レジテンス2005 "珍しいキノコ舞踊団"』
東北芸術工科大学こども芸術教育研究センター
2006年 『TUAD アーティスト・イン・レジテンス2006 "富田俊明"』
東北芸術工科大学東北文化研究センター |